享保13年(1728年)に北茨城市で既に窯業活動がなされている気述が文献に登場します。 この地域は天領、水戸・棚倉藩領などが入り組み統一した産地は形成されませんでした。 笠間焼の誕生が1772~80年ですから50年前に北茨城市で陶器が作られていたことになります。 北茨城地域の窯業はその後、粘土瓦・植木鉢・陶管などの工業産地として発展しましたが、昭和後期には縮小期を迎えます。こうした中、地元の商工会が中心となって平成7年に工芸陶器の産地として新たに「天心焼」と命名、平成21年には地域の窯元等有志で創る「天心焼研究会」を発足させた北茨城の窯業復活の為に取り組んでいます。

一般の陶磁器は熱を加えると膨張し、高温の部分と低温の部分で歪が出て割れてしまいます。天心焼耐熱製品では、ほとんど膨張しない素材を開発し、急な加熱にも耐えられる手作り製品が大きな特徴となっています。地元の原料(土)をメインに(60%)使用し、有毒な原料は使っていません。

みかげ石とよばれる花崗岩が長い年月(100万年~5,000万年)の間に風化して粘土に変わります。この粘土の中には、2~5mmほどの石英(珪石)の粒が入っているほか、雲母と呼ばれるキラキラした鉱物などが混ざっています。夜、湿ったこの粘土に光を当てると石英(珪石)の粒が蛙の目が光るように見えることから蛙目『がいろめ』粘土と名前がつきました。

日立市~いわき市までの常磐炭層の下にあります。
特徴としては次のようなものがあります。

①一般的な陶芸用粘土に比べ、きめが細かく表面が美しく仕上がり、成形時に磨きをかけると良い光沢が得られる。
②乾燥収縮が大きくロクロ成形では、薄手の商品など小物に適している。
③酸化焼成と還元焼成の中間で、赤味の火色を呈する。
④素地に含まれている鉄分が他産地よりも多い約3%程度を含む。

 

こうした特徴を持つ粘土は全国的にも珍しく、天心焼の特徴になっています。

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